天才論その3~ポーと武蔵

藤原さんが『エドガー・アラン・ポー 200年目の疑惑』なるテレビ番組に出演する、と前もって知っていたにも関わらず、例によってパスしてしまった。
残念だ。
番組の予定を聞いたときに、ちょっと誰かに心を見透かされたような気がして、どきん、とした。
以前、「天才論」と銘打って列記した天才たちの名前に、何気なく「ポー」と加えて、あわてて消したのだった。
ちなみにニーチェも。
モーツァルトは仕方がないとしても、ポーの最期は悲惨過ぎて、その文で私が言いたいことが「天才は薄幸」だと誤解されかねない。
エドガー・アラン・ポー
20世紀の新しい小説……ホラー、SF、ミステリー……の扉を、すべて開いてくれた人。
生涯、新しいものを追い続けた人。
その人が酔った挙句に道端で孤独死なんて、ひどすぎる。
藤原さんの未来に、少しでも暗い暗示になることなんてしたくないから、心ならずもはずしたのだった。

天才と、孤高もしくは不遇がセットの場合は、確かに多いように思う。
絵の場合で言えば、ピカソとダリが、生きている間に報われた初めての天才だと言われている。
それまでは、じゃあどうだったのか、という話だ。
画家が、生きている間にちゃんと評価され、経済的にも支えられるような仕組みは、20世紀以降に完成したものだと言える。
それは、大衆が豊かになって、情報の流通も盛んになった成果だ。
書物の出版は、それよりもうちょっと前に大衆化されているから、報われた天才も早くにいたろう。
でも、それとは別に、物書きは、何だか魂を削り取られていくような、そんな営みに感じないでもない。
その削り取られた、最悪の例として、ポーはいるんだと思う。
そのポーについての番組に藤原さんが出演されるとは、私の中でちょっとしたシンクロニシティを起こしたような。
誰かに気持ちを見透かされていたような。ただの偶然だけど。

芸能関係ではどうなんたろう。
『タイガー・アンド・ドラゴン』なるドラマでは、落語の天才、という役どころの人物が出てくる。
で、それを我がアイドルがやっていたので、その子が劇中で辛い目に遭うと、芝居だとはわかってても腹がたったもんだった。
人を知らずに傷つける男の最期は孤独の死だぞ、と実の父親に言われて、切れるところが可哀想で、「孤独死上等だ」なんて、ついアツくなって書いてしまった。
凡人の身としては、天才の名に値する人たちに対して過度な期待をついしてしまうものなのかも知れない。
人格者たれ、とか。
私は凡人だから、それは理解できる。
ちょっとした誤解に過ぎないのだろう。
だが、それを言われる身の方は、天才ではないから理解できない。
これがトラブルの元だと思う。
人生の中で、天才に出会う機会はそれほど多くはないから、みんな慣れていない。
そのせいで、安心するために、慣れている「嫌なやつ」に置き換えてとらえてしまうのかも。
もし神様がいてこの人間模様を見ていたら、せっかく人類に福音を与えるべく、新しい能力を持った者を送りこんでやったのに、マスとしての人類は進歩が遅いなあ、といらいらするかも知れない。

ところで武蔵である。
武蔵が剣において天才であったことは、間違いないところだと思う。
29歳まで、60回以上の戦闘にすべて勝利した。
並大抵の強さではないと思う。
宮本武蔵』を読み進めば進むほど、その感動が深まっていく。
類稀な資質を持った者は、その時々の年齢で、こういう発達の仕方をして、名人、天才となっていくのだろう、という説得力があった。
その時々にぶつかる壁も、なるほどこういうものだろう。
それは作者の吉川英治自身が紛れもなく天才だからこそ、掴み得たことだ。

この本と出合った藤原さんのことを想像してみた。
ここに書かれているのは、藤原さんのことだ。
それをちゃんと心に刻んでもらえたろうか。
この舞台を用意した蜷川さんが、藤原さんに伝えたいものを感じた。
気のせいかも知れないけど、藤原さんに何をさせてきたか、ということにストーリーを感じてしまう。
蜷川さんは、本当に藤原さんが大好きなんだな。
沢庵和尚と武蔵の関係が、そのまま蜷川さんと藤原さんの関係なんだなぁ、と思った。
それは、ふたつとないほど幸せな出会いだったと思う。
二人にとってはもちろんのこと、そこから恩恵を受けるすべての人たちにとっても、だ。

ダイヤモンドは、ダイヤモンドでしか磨かれない。
誰かがそう言った。名言だと思う。