『数学は役に立ちますか?』06/04/09 小島寛之さん

数学、役に立ちます。というか、立ってます。もっと言うと、それでご飯食べてます。終わり。なんちゃって。
建設の場合だと、幾何学がメインの数学だから、数字は実際の寸法である場合が圧倒的だ。「数学」と構えるほどの高尚さはない気がする。斜めの部材や曲面を多用している複雑な建物でもないと、三角関数まで多用することはあまりない。このあたりの幾何学に絡んだ数学は学生時代から好きだし、得意だったけれど、基本的な知識だけでこと足りてしまう。
ところで、ものの本によれば、三角法などの測量の技術は、古代エジプトで発生して発達したとか。これは、ナイル川が雨季に入ると氾濫して、肥沃な土を上流からたっぷり運んでくれるのがエジプト文明が栄えた理由で、だから、その土地を年一回農地に区分けするのが統治者の重要課題だったからだとか。建築の設計図の中にある測量図は、このエジプト文明とまったく同じ三角法で描かれている。そう思ったら、図面の上で綱と棒を持ったミニサイズのエジプシャンがちょこまかと走り回るイリュージョンに襲われて、仕事が楽しいったら。ちなみに古代エジプトではそんな事情で、次に川が氾濫する時期を正確に予期する必要から、一年の周期を測るための天文学が発達したのだとか。
そんな歴史を考えると、必要は発明の母だというのがよくわかる。「役立ち」満載だ。
部材寸法を検討したりする場合は力学がベースになっている。私はこれが苦手だ。最近、姉歯事件で、業界全体風当たりが強くて、このあたりシビアになってきている。計算は、数学の問題を解く体裁だ。だけど、証明問題を解いているのと違って、実際にそれで建物を作って、地震や台風が来たときに、建物が耐えられるかどうか、それを予測するのが目的だから、あらかじめ正解が用意されていることはない。もちろん、安全側にとればいいわけだけど、それはダイレクトにコストにはねかえってくる。お金を管理するのは、今度はたくさんのパラメーターが絡んだ代数学の世界だ。一番最初にメーカーに入ったときに、構造計算書ではずいぶん絞られてねぇ……。完全にトラウマだ。構造事務所が独立した仕事になっているのは、それ自体がとても大変な作業だということを示している。構造に行かなくて良かった。
設備だと、流体力学がメインになるらしい。行かなくて良かった。
設計だと、音響学などでは対数関数を多用する。これは、音のエネルギーと音の大きさが指数比例関係にあることから来る。……私は授業でこれを聞いて「よーし、卒業したら、間違っても音響だけはやんないぞっと」と思った。
数学、得意なのか不得意なのか、すきなのか嫌いなのか、どっちだろう。仕事に役に立つとは思うけど、基本的に未来への予測のためにあるのがわかってしまって、しり込みしている、というのが正直なところ。芸術としての数学は楽しいとは思うけど。
授業で思い出したが、その時に、必須でもない「工業数学」を、何の気の迷いか選択して履修した。マトリックス問題を延々とやる、という地味なものだ。みんな面白くないと言って脱落したけれど、私は、「何だか編み物に似ている」と感じて、真面目にやって単位をもらった。これが、後々、CADのプログラミングをする際に、死ぬほど役にたった。頭の中に住みついた「マトリックス君」が、頼もしい相棒だった。高校の時にやった集合論は、まさにコンピューターのためにあることもリアライズして興奮した。

そうやって、今までに「役に立った」ものを並べてみたけれど、微積分だけは役に立ったことがない。物理学の分野の人には必須らしいけれど。仕事それぞれだな、と思う。その仕事に就かないと、やっぱり「役に立つ」感じがしないと思う。私は別に特に理系科目が好きで得意だったわけでもないし。

先生は、物事を記号化=抽象化して、図式にしていろいろ考えることを数学に含めていらした。まさか『タイガー&ドラゴン』や宮藤さんの話が出てくるとは思わなかった。だけど、確かに文型分野の代表格みたいなクリエーターにだって、複雑な構成を考えるときに、案外、感性だけでやってのけている人より、むしろ、抽象化して計画する人の方が多いかも知れない。箱書きというものをしない人はいないはずだから。思えば「起承転結」なんて、実に的確な抽象化だと思う。宮藤さんの場合は、その前提としての抽象化さえ疑ってかかって、いろいろ実験を試みているところが、天才だな、と思う。新しい数学を発見するのは天才だし、アートの新しい道を発見するのも天才だから。
さて、岡田くんはどうなんだろう。理系コンプレックスが深刻な気がしたけれど、学校の成績が悪かったことを根拠にしているのであれば、そのコンプレックス自体に意味なんかない、という気がする。先生のお話を聞いて、それを強く思った。ガロアみたいに魅力的な人を生み出したのが数学だったから。

やっぱり番組の話からずいぶん逸脱してしまった。でも、いろいろなことを考えられる楽しい回だったと思う。