時代劇のシナリオ

課題で書いた時代劇のシナリオ。
コンクールなどでは時代劇はだめ、というところが多く、このまま死蔵される可能性が高いので、もったいないからとりあえずオープンに。
サンプリングしているのは『嗤う伊右衛門』。主人公の侍は、自分の父親が若い頃をモデルにした。ぐへへへ。
以前、ライティングマラソンで『男前』という項目で書いたときに、才人とはデフォルトで男性のことであり、美人とは女性のことである、という話を書いて、この立場をひっくり返してみたら、古い時代にはもっといろいろあったのだろうな、という発想で書いてみた。
しかし、実際は、優れた女性が自分の容姿以外の能力をもてあまして苦しむ、なんていうストーリーでは、『ベルサイユのばら』という不朽の名作がすでにある。この手のストーリーに対して、男性の目が意外に冷ややかだってことも、当然体験済みだ。ハリウッドならともかく、日本では映像として作られることは今後ともないだろうけど、あったら面白いだろうなあ、という気持ちはずっと消えないだろう。
「美男才女 夫婦花」
  
人  物
田村関 武家娘。
佐々宗右衛門 関の許婚。大名里中家江戸家老、佐々家の嫡男。
安和の局 里中家先代の未亡人。
田村雄達 関の父。里中家武術師範。
若侍1
 〃2
 〃3
 
○里中家江戸屋敷・庭
   格式高い武家屋敷の広い庭園。
   白面の美青年武士、佐々宗右衛門が、裃姿で歩いている。
   色黒で背が高い武家娘の関がその後ろから、ついて歩いている。
   庭の一角から、警備姿の若侍1・2・3が談笑しながら現れ、佐々と関を見つけて、
   意地悪く笑う。
若侍1「江戸の大名屋敷にも、このごろ昼日中に化けもんが出るらしいの」
若侍2「狐が人に化けたはいいが、畜生の悲しさ、男と女が衣服を取り違えておる」
   若侍1・2・3どっと笑う。
   佐々、辛そうにうつむいてしまう。
関「ほぉ、このごろの化け物は日中から、侍の成り損ないの姿で、人に声をかけてくるようじゃ」
若侍3「な、なにおっ!」
関「いずれ、狸の化けそこないか、人語を語るサルのたぐいであろう。あわれな」
若侍1「ぶ、無礼であろうが!」
関「先に無礼を働いた者が、何を申すか」
若侍2「おなごの分際で!」
関「お前たちは先ほど、私をおなごのなりをした男だと言うたであろうが」
   若侍2、言葉に詰まる。
関「さ、このような者たちとかかずらわっては馬鹿がうつります。参りましょう」
   関、佐々を促して歩こうとする。
若侍1「待てっ!」
   若侍1が、関の手首を掴む。
   佐々、あわてて間に入ろうとするが、関、落ち着いて、もう一方の手で若侍1の手をねじる。
若侍1「いたたっ!」
   若侍1、痛みで手を離してうずくまる。
   若侍2・3、刀に手をかける。
   それを見て、佐々も刀に手をかけようとするのを、関が手で制する。
関「抜かれるからには、覚悟の上でござりましょうな! ただでは済みませぬぞ!」
   関、若侍1・2・3を睨みまわす。
   若侍1・2・3、気圧されて動けない。
   関、佐々を促して、歩いていく。
若侍3「いいご身分じゃ色男めが! おなごに護られおって」
   若侍1・2・3、悔しそうに関と佐々の後姿を見つめる。

○同・茶室・外
   庭の奥まったところにある茶屋。
   佐々、くぐり戸を開ける。

○同・茶室・内
   尼僧姿の安和の局 が茶を点てている。
   正客に佐々、次客に関が座っていて、それぞれ出された茶を作法に則っていただく。
安和の局「それでは、結納の儀も?」
佐々「はっ。ご相談役の影浦さまが、万事お計らいくださいました」
安和の局「それは何より。なくなられた大殿も、幼き頃よりそなたを可愛がっておられたゆえ、
 さぞかしお喜びでしょう」
   佐々、軽く頭を下げる。
   その隙に、とげとげしい嫉妬の視線を関に向ける安和の局。
   辛く悲しそうに視線を落とす関。

○道
   両側に武家屋敷が立ち並ぶ道。
   佐々が先立って歩き、関が後ろにつき従っている。
佐々「お局さまには、われ等の縁組のこと、大層お喜びのようじゃった」
   関、佐々の背中を見て複雑な顔。
佐々「だが関どのは、かような腑抜けと一緒になっても幸せになれぬやも知れぬ」
関「何を言われます。宗右衛門さまは腑抜けなどではありませぬ。本物の腑抜けは、自らを腑抜け
 とは申しますまい」
   佐々、振り返って関と向き合う。
佐々「ほら、その賢さ。それに、大の男を何人も前にして一歩も引かぬ強さ。わしなど関どのの足元
 にも及ばぬ」
関「はっきりおっしゃってください」
佐々「何をじゃ」
関「私のような不器量で気の強いおなごを嫁にするのは厭わしいゆえ、破談に、と」
佐々「そんなことは思うておらぬ。関どのは不器量などではない」
関「慰めなどいりませぬ!」
   関、走り去る。
佐々「わしも、慰めや哀れみは欲しゅうないぞ、関どの」
   関の後姿を見て、つぶやく佐々。

○田村家・関の部屋・内
   狭い和室。
   関、手鏡を取り出して、ふたをあける。
   鏡に関の悲しそうな顔が映る。関、鏡を見ながらそっと自分の頬を撫でて、いきなり乱暴に
   鏡を伏せる。

○同・道場・外(朝)
   『田村流道場』の木の看板。
   剣道の稽古の音。

○同・道場・内(朝)
   武家の少年1・2・3に稽古をつけている、稽古着の関。
   上座で腕を組んですわり、見守っている田村雄達 。
関「本日はここまで!」
少年1・2・3「ありがとうございました」
   少年1・2・3、正座して頭を下げて、室を出て行く。
田村「関、子供らの稽古を、そろそろ他の者に代わってもらってはどうか。いろいろ支度もあろう」
関「はぁ……私は、本当に宗右衛門さまに輿入れとなるのでござりましょうか」
田村「確かに。わしとて夢ではないかと思うほどじゃ。家老佐々家にとはのう」
関「巷ではこの縁談、面白おかしくはやし立てる者もございます。男と女が逆だと」
田村「やっかみじゃ。気にするな」
関「父上も……私に、男に生まれればよかった、と言われました」
田村「昔のことではないか。そなたがあまりに優れた子供ゆえ、男であったら立派な後継ぎと
 なったろうに、と言ったまで」
関「男の優れたることは、おなごの汚点」
田村「そうとも限らぬ。現に佐々家ではそなたをぜひ、という申し入れではないか」
   関、浮かない顔で考え込む
   それを心配そうに見る田村。

○同・道場・内(夕)
   成人の侍が十人ほど、稽古着姿に木刀で稽古をしている。その中に、佐々、なかなか強い。
   田村、壁際に立って佐々を見ている。
    *   *   *
   田村、佐々、道場で向かい合って酒を酌み交わしている。
田村「宗右衛門どのに折り入って話したいことがある」
佐々「はい」
田村「関の事だ。早くに妻をなくして、あれには、苦労ばかりかけた。あれにだけは幸せになって
 欲しいと思うておったが」
佐々「いかがされました」
田村「嫁入りを間近にした娘は、もっと晴れやかな顔をするものだと思うておった」
佐々「関どのは……この縁談、気が進まないのでしょうか」
田村「わからぬ。宗右衛門どのを憎からず思っているとばかり思うておったに」
佐々「どうすれば良いのでしょう」
田村「腹をわって関と話してくださらぬか」
   佐々、うなずく。

○桜山
   桜が満開の丘。
   ところどころ、赤い毛氈を敷いて武士、町人が花見をしている。
   突然、その合間をぬうように、関が必死の形相で走る。速い。
   佐々が、その後を必死に追いかける。
   驚いて関と佐々を見る人々。
   佐々、やっと関に追いつき、肩を掴む。
佐々「待たれよ、と申したに!」
関「お放しください! 破談なら仲人に伝えれば済む事。なぜ私をわざわざこのような所に呼び出
 して辱めるのです!」
佐々「わしは破談の話などしてはおらぬ!」
関「言い訳など聞きとうありませぬ。宗右衛門さまは眉目秀麗でおられるゆえ、私のきもちなど、
 わからないのです!」
佐々「男が美しいとて、何の自慢になる!」
   関、思いがけない佐々の剣幕に驚く。
佐々「やれ、女面だ白粉首だ、と囃される者の心を関どのこそわかるまい!」
   関、佐々をじっと見つめる。
佐々「関どのは、どうすればわしを好いてくれるのじゃ? 強い男が良いのか、賢い男が良いのか」
   関、悲しそうに首をふる。
佐々「わしが嫌ならはっきりと言うてくれ。そうしたら、諦めることもできよう」
関「私が宗右衛門さまを嫌いであったのなら、これほど辛い思いは致しません!」
   関の目から、ひとすじの涙。
   佐々、深い喜びの顔。
佐々「好き合うてさえいるのなら、人に何を言われてもかまわぬ。共に生きよう」
   関、うなずく。
   満開の桜         (終)