『強さってなんですか?』 05/11/13 甲野善紀さん

11/13放送
甲野善紀さん
またまた、宿題をためてしまった。しかも大量に。では再開を。
岡田くんの主演した映画『フライ、ダディ、フライ』には、高校生とは思えないほどの武術の達人、朴スンシン君が登場する。その役作りのために体を鍛え上げたという岡田くん。そのプロセスで、何か考えるところがあったのかも知れない。今回のテーマは、文字通りの『強さ』だった。

私も剣道に打ち込んだ時があったので、力を求めることについては、いろいろ思うところがある。精神的な強さと言っても、戦っても絶対に勝てない、という相手に対してそれを言っても始まらない。稽古では竹刀で切りあうわけだけど、これが真剣だったらこっちはたちまちの内に斬られて死んで、「次」はない。そんなことを考えると、戦って勝てることを「強さ」だと認めるのは、これはこれで辛い事だ。そもそも、精神的な強さというのは量が測れないから、基準が設定しにくい。稽古してもなかなか強くなれなかった頃は、精神的な強さを言うことがすべて逃げに感じて、鬱々した気持ちを抱えていた。鍛えて強くなれる人はいいけれど、そうでなかったらどうしたらいいのだろう。

しかし、人生に目的ができると、強いことは「ために」あるものだけが重要になる。体力にしても、知力にしても、それを使う目的があってはじめて意味ができるのである。そして、もっと良いことに、目的を設定した「強さ」は無制限ではない。これが気持ちを自由にしてくれる。無目的的に強さを求めていたのは、せいぜい二十代のはじめまで。こういう心境の変化は、我がことながら面白いものだと思う。
実際、岡田くんが強さを求めるのが、目的あってのことか、無目的的に強さに憧れているためなのか、私にはよくわからない。一概には言えないかも知れないけれど、男性の場合と女性の場合は、その求め方にかなり断絶があるような気がする。先生の場合、それは、道を求めて、それを教え広めることが「目的」だから、それもまた違った性質のものなのだろう。身体から発した哲学には、すべての人が耳を傾けるに値する深みがある気がする。

ところで、女性はもともと強い、という先生のお話に対して、岡田くんがすんなり同意しないので、ちょっと面白いなと思った。お母さんとお姉さんが強い人だというのが岡田くんがいつもしている話だったから、即答で「その通りですね」くらいの反応はするんだと思っていた。ひょっとして、「男のほうが強い」という話にもっていくことを期待していたんじゃないかと、勘ぐってしまった。
しかし、私も、男性がデフォルトで強いわけではない、というお話には同感だけど、女性はもともと強い、という点は同意できない。それは、やっぱり人による。それから、女性とて人間だから、鍛えないと強くならない。

・・・・・・なんだか、このテーマでまとめるのは、私には荷が重過ぎたみたいだ。中途半端だけど、この辺りでやめとく。