エッセイ>鉄棒少女の思い出

ドラマ「初めて恋をした日に読む話」の中には、「モテの条件」について、かなり考察がされていますね。「男子東大生は婚活楽勝」とかを筆頭に。恋愛絡みは当事者ではなくなったので、文化人類学的興味で、ふむふむ、と聞いています。

中学生の男子なんて足が速ければモテる、という台詞がありました。言われてみれば本当にそうでした。陸上部のエースを好きだった自分を懐かしく思い出しました。

その言葉通り、男性が好むのが「可愛い女性」で変化がないのに対して、女性の男性への好みは、年齢で大きく変化していくことで知られています。理由は色々あるんでしょうけど、既婚と未婚で寿命が平均15歳も違う男性にとっては、厄介なことだと同情します。

最初から、女性の市場価値としては複雑な東大生を目指して挫折した順子さんは、こうした恋愛システムを一般論としては展開しつつも、自分の感情として持ってないところが特異です。いい男3人に真剣に恋されるのも一周して説得力あります。高校生のユリユリに恋されるのは女の勲章と言いますが、超ハイスペックの従兄弟に一途に思われるのも、自分に影響を受けて教師になった同窓生に惚れ直されるのも、充分過ぎるほど勲章だと思います。

•••そこまで来て急に思ったんですが、私は今でも運動できてキラキラしてる人は好きですよ?性別問わず。ハートが中学生? はじこいの男性3人は、頭はそれぞれタイプが違うけど賢いし、タイプの異なる美形です。でも、それぞれの「好きな世界」、特に運動については描写がないのが物足りなく思いました。テーマと関係ないから無くても問題ありませんが。

 

ここから自分語り。

表現者で好きな人をランキングしても、まず全員、身体がよく動く人になります。いつからだったっけ、と考えたら、ひとりの女の子のことをふいに思い出しました。

10歳の頃、同級生の鉄棒少女が好きでした。新学年が始まったばかりの頃、新しい教室に向かっていたら、中庭の高鉄棒にひとりの女の子が腰を掛けて、足をぶらぶらさせていました。あれ?あんな高い所にどうやって座ったの?と思ったら、いきなりその子が鉄棒に足を引っ掛けて、ぐるぐる後転を始めました。私の目には神業に見えるその技を終えると、再び鉄棒に腰をかけた状態に戻り、鉄棒のてっぺんで笑っていました。小麦色の顔によく似合うひまわりみたいな素敵な笑顔にやられて、たちまちこの子が大好きになりました。

でも、自分から話しかけたことは一度もありません。いえ、気に入った人に自分から話しかけたこと自体、過去に一度もないし、おそらく死ぬまでないでしょう。何とも思ってない相手にはできるのに不思議ではあります。遠くから見かけて、ああ今日もあの子はキラキラしてる、よしよし、と満足して読みかけの本の世界に戻るのが日課でした。

経験で言うと、飛び抜けて美しい人は他人のルックスを馬鹿にしないものですが、飛び抜けて運動ができる人もできない子を馬鹿にしませんね。この子もそうでした。そう言うところも知るにつれ、好きの度合いも高まっていきました。

しばらくすると、クラス委員の選挙が行われました。学校生活初の投票だったのですが、私は迷わず鉄棒少女に入れました。他に選択肢ないでしょ。だってキラキラの鉄棒少女ですよ? ところが、その子に投じられたのは1票でした。えっ、私だけ?そして最大得票数を得て委員になったのは私でした。クラスであからさまに浮いている私に投じた人たちの心が不気味に感じられました。自分はここでは良くも悪くも珍獣なんだと悟った最初の体験です。

それよりも、1票だけなんて自分で入れたのがバレバレだと言うやつがいたのが(今でも)腹立たしく、大好きな子を浅慮で傷つけた良心の呵責にも(今でも)苦しむ黒歴史の1ページとなりました。「先生が選んでもらいたがっているから皆が入れる人」を正確に見抜いて、自分もそれに合わせる、という10歳の子が既に持っている社会性を、私は持っていなかった(もしかして今でも)のだから、自業自得でしょう。

今でもその子のことはきれいな気持ちで思い出せるし、その子の姓に「橋」の字があるせいで、初対面でも橋の字の含まれる人に好印象が上乗せされる自分に気がつきました。書いて客観的に眺めると、だいぶ危ない人ですね自分。まあいいです、その件では人に迷惑かけてないはずだから。

娘は、女の子の割に言葉が遅く、反対に運動能力の優れた子供でした。体育で「好きな飛び方でとび箱を飛んで」と言われて、じゃあ、とハンドスプリングしてどよめかれたとか、一輪車やローラーブレードの技を習得しまくったとか、そんなエピソードがいくつもあります。私の正反対。生物学的父親の遺伝子のおかげです。この子がその才能を発揮して成長していくことがたまらなく幸せでした。そして今、その「好きで、得意で、人に感謝され、生活できる位にお金が稼げる」という完璧な仕事に就いたので、すべてうまくいったんだな、と肩の荷をおろしたような気持ちでいます。

私がずっと前から運動できる人が大好きだったのは、この子の母親になるためだったのかなあ、なんて詩的(つまり虚構)なことを思う、春の宵です。

 

今日はここまで。

では

映画「シン・エヴァンゲリオン」見ました。

今度こそ終劇となるエヴァンゲリオン、娘と一緒に観てきました。

結論を先に言うと、情報量が半端なくて、頭が追いつかない部分がありました。もうちょっと予習もして、覚悟も固めていくべきでした。いいです、私も娘ももう一度見てきますから。内容については、ネタバレ禁止令が出ているという話ですので控えます。でも、本当に完結したんですね。確かに、客電がついた瞬間、これで本当にすべてが終わったんだな、という静かな感情に満たされました。泣いてるお客さんがいたそうですが、その気持ち分かります。

最初のテレビドラマは、小学生低学年だった娘が、「すごい面白いアニメやってるから見て」と言ってきたので、途中から見出して、ハマりました。私は、葛城ミサトさんと赤木リツコさんとアスカに5:3:2くらいの割合で感情移入していました。

ミサトさんの「いい子にならなきゃいけないの」のモノローグと、ちらっと映るオール5の成績表でトラウマスイッチが入ってしまいました。いい子にしたところで、自分に興味のない親の心は動かないのに、子供だから分からないで自分を殺したんだよね。

リツコさんの、自分の母親が、母であることより女であることを選んだことに葛藤を覚えるところで、トラウマギアがトップに切り替わりました。リツコさんは、特に母親の男と自分も付き合っちゃったから闇も深いのでしたね。

アスカの、自分が優秀だったら母子共に大事にしてもらえる風の発言で、トラウマのゲージが振り切れ、叫び出したい気持ちになりました。

ここまでこちらの心をえぐってくる物語(しかもアニメ、しかもロボット物)は初めてでした。何なのこれ? 何で、それまで見向きもされなかった私たちの心がわかるの? これが思春期前の娘の心のどこに刺さったのやら。やがて、色々なキャラクターに没入するファンたちの存在に気がつき始めました。違うポイントにそれぞれが刺されて、沼にハマっていく、そんなスケールの大きい物語なんだと改めて悟りました。

「他者とは、どんなに愛し合った相手であっても、主観を交換できない」とか、「人生にも、人間存在にも、元々の意味なんてない」とか、それまで個人的に持っていた思想が、たぶんこの視聴を通して強化されました。そういう意味で、一歩進化できたのかな。

NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀庵野秀明スペシャルを拝見しました。ここまでして作られた物だと知って、自分に起きた変化に納得がいきました。庵野監督、スタッフの皆様。本当にありがとうございました。お疲れ様でした。

 

今日はここまで。

では

 

物語考>お伽話のジェンダー

日本アカデミー賞の授賞式、拝見しました。とても感慨深いものがありました。新しい切り口のお話の数々に、人間の創造力に限界は無いんだな、と。それを手触りのある感覚まで導いてくださる方達への尊敬も高まります。

物語は時代とともに移り変わっていくものですが、昔話としての童話すら骨組みは変わらないまでも少しずつ時代の影響を受けるようです。ディズニーなどはそれを意識して作っているようです。登場人物にキャラクターという肉付けをたっぷりして。

昨今、人間観の変化として特に大きいのは、性自認と恋愛対象の性について、があると思います。LGBTQへの理解が深まりつつあって、法整備もあと一歩というところまで来ています。それらをテーマにした物語もたくさん作られました。

性的少数派が、かつて異端や狂いとみなされていた時代をよく覚えています。自分自身「女は女らしく」の締め付けに悩んだ者としては、本当に時代は良い方向に一歩一歩向かっているんだな、と強く感じます。この点だけは間違っても「昔は良かった」なんて思いません。

私が自分の性に初めて違和感を抱いたのは、保育園で集団生活をするようになった時に遡ります。まず、人形がダメでした。女の子たちがするお姫様ごっこもどうしても嫌で、付き合いで参加する時には王子様役一択でした。大人たちから変わった子だと言われるたびに、優劣両方の感覚が入り混じりました。でも本当は、お姫様よりマシとは言え、王子様にも違和感はあったのです。あの感じ。現代の性に対する認識の確立によって、ようやく説明ができるようになりました。「どっちかじゃない」です。これに尽きるのです。

後々になって、自分が本当にやりたいのはシンデレラ系物語世界でいうところの「援助者」だったと気がつきました。妖精、魔法使い、精霊、仙人、です。「何を考えているか分からない」とよく言われるこの顔との相性ともぴったり。

魔法使いは、シンデレラを美しくしたのではなく、この子の持つ美しさを「わかりやすく」しただけです。シンデレラを真の幸福に導いてくれる相応しい相手は他にいるので、そのお膳立てをしただけ。超常的な魔力なんぞなくても、知識と財力でこれはできます。しかも、役割の性質として、姫&王子とは異なり「性別は特に意味がない」のです。なんて素敵。

ファンタジー、現代劇問わず登場する「援助者」は、一典型として「能力はあっても利得を求めない」タイプの変人があります。群像劇の中によく、1人斜に構えているけど、いざとなると活躍するキャラクターがいますが、あの立ち位置です。そのポジションは選んでなったわけではありません。そう生まれついたのです。よく分かります。

魔法使いは、つまりは良い仕事をする人、すべてに当てはまります。仕事は基本的に他者に利して対価を受け取る営みです。そして一部を除いて、仕事に性別は関係ありません。これを言うとすぐに反発する人がいるんですが、そんな人には図面を見せてそれを書いた人の性別を当てるクイズをしていただきましょう。外したら罰ゲームは逆さ磔で(笑)。私の経験と照らしても、勝てないと思いますよ。

冗談はさておきそんな訳で、純粋に仕事する人でいることは、私が私でいることと同義でした。何しろ、私がこの仕事に就くことを決めたのは、この保育園の頃でしたから。でももう、性別でとやかく言われるのも疲れたし、自分の仕事が誰かの役に立っているとも思えなくなっていたので、長い休暇もやむなしです。

シンデレラの魔法使いは、「その後」どうしたでしょうか。また新しい課題を見つけて、新しい物語のきっかけを作っているはずです。なぜなら、そういう風にできているから。私も、自分でいられるものを新しく見つけられたら、と思います。

新ドラマ、その点、期待して待っていたりします。仕事のヒント、ください。

主人公2人は、姫と王子ですねえ、ビジュアルから言っても。でも、川口春奈さんも横浜流星さんも、力がいい感じに抜けてるのにただ者じゃない感あって、さらに良いですねえ。お互いの何をどう好きになっていくか、仕事との関わりはどうなのか、楽しんで見させて頂こうと思います。

 

ところで全くの余談になりますが、物語のモブはどんな感じに配置されるでしょうか。声に出して言うとえらい事になるのでアレですが、シンデレラになりたがる割に、キャラクターが軽微に継母&継姉という人、少なくないですね。ヒーローになりたがる割に、キャラクターがモブの小悪党、という人も。グループに属してしまったら、物語のような鮮やかなヒーロー、ヒロインにはなれないのだから、ここは選択の問題でしょう。最近は、物語の嫌われ役をひとりに負わせるのはむしろ流行らなくなっているようです。

物語では、昨今のネットリンチが散々取り上げられています。お伽話のヒロインの苦境を現代に置き換えたら、やっぱりこれでしょう。愛すべき主人公はほとんどリンチ「される人」で、「する人」ではありません。みんな、頼まれもしないのに、赤の他人をこんな「美味しいポジション」に据えるために時間を費やすなんて、なんかすごい。このヴィランの役だけは、付き合いであってもごめん被る、と思う次第です。

 

今日はここまで。

では

 

運動>運動特性の話

ピラティスをやり続けていて良いことのひとつに、自分について新たな発見をたくさんすることがあります。還暦過ぎている私でもあるくらいですから、人生まだまだこれから、という若い人だったらなおさら。

そこでひとつ結論。人間には心身のタイプによって向いている運動と向いていない運動があります。

我がアイドルの格闘技は、まさにそのタイプにドンピシャの運命の出会いだったと言えるでしょう。この「縁の抜群の良さ」もまた大成する人の資質と言えるでしょう。アクションカッコいい。美しくて最強とか、ズルくて、好き。すみません、ファン馬鹿です。

また、横浜流星さんが空手のチャンピオンになるほどの身体能力の持ち主なのに、球技が全くダメ、なんてのも分かりやすい例ですね。でも、たぶん真剣に取り組んだ競技は何でも、たとえ最初は人より成長が遅くても、あるポイントでいきなり急成長して、達人のレベルまでいくと思います。そういう人、何人か思い当たります。でも、好きでもなく、仕事でもないのなら、苦手でもどうでもいい•••今はそういう良い時代です。

これが、かつては学校組織の中で「運動神経の良し悪し」でばっさり2つに切り分けられていて、運動虐待によって大量の運動アレルギーを生みました。ま、私たちの頃は、ほとんどの教師は敗戦トラウマの持ち主だったので事情が特殊ですが。

私は体育がダメでした。5段階の3なので、まあ普通、なんでしょう。器械体操がもう徹底的にダメで、鉄棒•マット•とび箱が全滅でした。短距離走も遅く、自転車も遅くまで乗れず、なかなか泳げませんでした。これなんか、サディストの教師の恰好の餌食です。

ところが、小学校高学年くらいから、長距離走が上位に入り、遠泳ができるようになりました。また、遊びでやったアーチェリーや射撃で初めから高スコアを出しました。人生最初の運動での成功体験です。

高校生の時、剣道を始めたら同期で入った女子の内、味噌っかすだった私がひとり段持ちになりました。これが人生二度目の成功体験。

ピラティスをやって気がついたこと。

ひとつ目。器械運動がダメな理由は三半規管が弱いせいだということ。頭が胸より低い姿勢になるたび恐怖に襲われ硬直するため、運動にならない、と。高いところがダメな理由も腑に落ちました。

ふたつ目。先生のキューに対する反応は極めて良好だそうです。言葉を聞いて、それを運動に変換する能力が高い、ということらしいです。筋力もまずまず。正しい意味で運動神経がいい、なんて言われてうるうるしました。

みっつ目。ピラティスの最中に、よく靭帯の腫れを指摘されて、ようやくこれが自分の体質なんだと分かりました。長距離走に適した筋力や心肺機能はあるようですが、この、関節の軟骨組織が遺伝的に弱いせいで瞬間的に大きな負荷がかかる短距離走などが苦手になるわけです。

ピラティス以前に分かっていた特性もあります。団体競技がもう生理的に無理。他人と体が触れるのも無理。動体視力と瞬間視力がかなり良いのと、闘気が強いため、非接触の武道•格闘技は向いています。

これらは、根性論ではどうにもならないものばかりです。私とは全く異なる心身タイプで、異なる成功体験と、異なる劣等感を抱いている人は無数にいるはず。

習慣的な運動は健康と幸福の源です。ぜひともそれぞれが自分の心身の特質にマッチした運動を見つけて、それと共に生きていく、それが当たり前の時代になって欲しい、と願いながら。

 

今日はここまで。

では

物語考>リドル•ストーリーについて

V6解散について、発表の文章に続いてメンバー全員の動画がアップされました。みんな、この件について憶測が飛び交うことを危惧しているようにお見受けしました。確かに、森田さんひとり退所という形だと、解散して欲しくないと願う人たちに悪意めいた憶測が生まれてしまうかも知れません。できるだけ平和に進めたいですね。私は、発表された事の真偽はとりあえずどっちでもいい派です。それよりこれからのみんなの幸福な人生がちゃんと実るのか。不惑からの新しいステップなので、ファン的にもそっちに気持ちを集中させたいと思います。

 

ところでこの件を引き金に、「人の真意はわかるものか否か」という、以前から考えている事を久々に再考しました。きっかけは映画「永遠の0」で、多くの評論が「宮部の本意が何だったのか、これでは分からない」と書いていたことでした。「いやいや、特攻に赴いた者たちの気持ちは誰にも分からない、って台詞があったでしょう」と私はひとりで突っ込みました。それが答えなんだと。

で、例によって色々調べる内に、「リドル•ストーリー」なる言葉に行きつきました。ああ、これなんだな、と。一般に、物語は予習復習を必要としてはならないとか、伏線や謎はすべて物語の中で解くこととか、ルール化しています。けれど、物語というものは常に実験の場でもあります。新しいルールのゲーム=物語を作ってはいけない法はない、と。

リドル•ストーリーについては、Wikipediaから引用しますと、

リドル・ストーリー (riddle story) とは、物語の形式の1つ。物語中に示された謎に明確な答えを与えないまま終了することを主題としたストーリーである。リドル (riddle) とは「なぞかけ」を意味する。」

代表作に「女か虎か?」があります。映画「カイジII」にモチーフが使われていましたね。芥川龍之介の「藪の中」もそうです。原作はリドル•ストーリーですが、黒澤映画では一応の「真相」が付け加えられていました。「人の心は恐ろしい」という台詞も。

人間の心の中も、それに伴う結末も「読者のご想像にお任せします」という落ちです。「スッキリしない」と不満が出て当然でしょう。たぶん、そのスッキリしなさ、モヤモヤ、が目的なのだから。

「永遠の0」で、特攻した者の気持ちがはっきりすっきり分かるように書いたら、それこそ特攻礼賛になってしまう気がするのですが、どうでしょう。分からないとは言え、零戦で空母に向かって急降下して行く宮部の顔が、悲しみから怒りへ、そして歓喜にも見える表情へと移り変わって行く様は、あまりに強烈でした。宮部さんが何をどう考え感じていたのか、やっぱり知りたい。去年の夏、城巡りのついでに知覧まで行く予定でした。そこで一歩でも近づけるかと思います。

戦時中ではなく現代の日常の中であっても、他者の心なんて完全には分かりません。理解するための技術は数多あれど、主観は絶対的に交換できないので、答え合わせもままなりません。でも、分からないから放棄とか、それはダメです。社会性動物としての衰退ですから。

なんて偉そうには言うんですが、「他者とは、自分が生まれてからこのかた一度も思ったことのない事を『思っている』と強弁する生物」ぐらい思っておけば腹も立たない、いいところまで来てくれる稀有な人には大感謝、と考えれば気が楽。歳のせいか、そんなやさぐれた心境にもなってしまいました。

でも、だからこそ自分とは異なる人生が描かれる物語に強い興味を覚え 共感し、再び「完全には分かり得ないんだ」と言う真実に戻ってくる、そんな「らせん運動」を繰り返すことに意味を感じるのです。

我がアイドルは私の世界では、その物語の登場人物のエースです。なぜかそうなのです。次はどんな物語に連れていってくれるか、ずっと待ち続けて生きていこうと思います。

 

今日はここまで。

では

V6解散について(長文注意)

昨日、今年の11月1日をもって、V6が解散する、と発表されました。ジャニーズWebの事務所からのメッセージと、V6からのメッセージ、両方何度も読みました。真っ直ぐな文ですね。つまりは、皆んなそれぞれに、よく考えて話し合って、より自由に幸せになる次のステージに行く、ということでいいんですね? ならば納得です。25年アニバーサリーの時、皆んないい顔してるな、と思ったから、心配はしません。

強いて言うならばこの機会に、嵐のようにApple musicやSpotify に楽曲をアップされませんか? avexはダメ、と言うわけではないですよね。浜崎あゆみさんもアップされているし。スマホを乗り換えるたびに、CDから取り込み直すのがめちゃくちゃ大変なので、もしやっていただけたら幾らでもお金は出します。少年隊もやっていただけたら泣いて喜びます。

それはさておき。

本当に今まで、支えてくださってありがとうございました。アラフォーになって、生まれて初めて好きになったグループなので、やっぱり寂しいです。

ドラマで俳優としての岡田准一さんが好きになって、坂本さんの「ジャングル」をうっかり見てしまってV6沼にもはまって、どんどん好きになって、生まれて初めてジャニーズのコンサートに娘を連れてでかけました。小学生だった娘がとても喜んでくれて、昨日は2人でそんな楽しい思い出話をたくさんしました。

しばらく行ってなかった(行けなかった)のですが、20周年のコンサートには娘と2人でこっそり行きました。25周年コンサートまでできるとは、その時想像もできませんでした。勤続25年の偉業達成はいかにもV6らしい誠実さに溢れていて。再び6人にメッセージリボンの雨が降り注いでいるところが見たかったな。

ところで、森田さんはジャニーズ事務所を退所されるとのことですが、「やりたい事がある」という言葉、森田さんの口から聞くとワクワクしますね。思った通りの道を突き進んでください。ご武運を祈ってます。

今まで言いませんでしたが、2016年8月15日、シアターコクーンの「ビニールの城」観劇しました。ステージから向かって左の最後尾の席だったので、演者の表情までは分からなかったのですが。でも、演者の方々のよく通る声、早口でも日本語として耳に飛び込んでくる言葉の数々、身体を通して伝わってくる感情、じわりとくるおかしみ。それらを堪能しました。主演お二人の「何でもない台詞が、時々妙に可笑しい」という芝居が似てるな、と思っていたら、あれよあれよと言う間にご夫婦になられて、急ではありましたが意外ではありませんでした。私は、森田さんの枠に縛られないところがずっと前から好きなので、今回の決断は良いな、と思いました。

 

ところで、この機会にひとつ、岡田さんに謝りたい事があります。いえ、ご本人にとってはどうでもいいことですが、私は保身のために踏み絵を踏んだ気持ちだったので、それを無かったことにしてファンを名乗っていたのが、かなり恥ずかしい事だと思っていて。

離婚騒動の始めの頃、岡田さんが舞台に映画にと、大きな仕事が続いて、それを応援したくて、毎日50音順の詩作をして解説のエッセイもつける試みをしました。なのにその後、いきなりのファン終了宣言をしました。本当にごめんなさい。

今だから告白しますが、当時の夫が愛人を作ったのが、私の「アイドル狂い」と同じだ、お互い様だ、と決めつけたからです。自分に有利に事を進める時の、いつもの「ほーら、一緒」、です。彼が自分のブログに、哲学風味のポエムで「別れなくてはならない理由」を書いている時、愛人と足を絡めていました。つまりは情報戦なんだと。一人前になっていない娘を抱えて、借金を全部押し付けられた上、無一文無一物で出発するのは到底無理でした。かくして裁判も辞さない覚悟で、元夫の言い訳を封じるためにファン終了宣言を書いて、慰謝料を取り離婚しました。

こんな事情、誰にも関係ないですよね。でも、書かずに死んだら後悔するのは分かってたので、あえて書きました。ほんと、馬鹿です私。でも、好きなものは好き、と真っ直ぐに言えなきゃ何の人生か、と実体験から語れる人にはなれました。

岡田さんはこれからは、ますます「やりたいこと」に集中していかれるのでしょうか。ずいぶん前、もし思った通りに生きられないなら、事務所を辞めて欲しい、と書いたのは半ば本心でした。時は移って、あくまで素人目ですが、ジャニーズ事務所も、デビュー当初に比べて層が厚くなって、ブランド力も高まりました。以前よりずっと仕事を正当に評価されるようになってきています。禁止されていた格闘技も、岡田さんの代からできる体制になったと伺いました。好きな人とも一緒になれましたね。まだ枷はあるでしょうか。よくわかりません。ただ、私はいつも、貴方の幸せを最優先に考えていますので、よろしくお願いします。

今日はこれにて。

 

f:id:ryokoabe:20210511073113j:image

エッセイ>311〜10年前のこと

昨日は、娘と2人で沈んだ気持ちのまま1日を過ごしていました。10年前のこの日のことをありありと思い出していました。

その日、仕事場にいた私は、ただ事ではない揺れの後、近所にあった自宅に戻って娘の無事を確認。その後、一緒に仕事していた女性が、友達とディズニーランドに行った中3の娘と連絡つかない、とパニックになっているので、スマホで唯一落ちていなかったTwitterの情報を拾いました。「DLが水没。これがホントのディズニーシー」とかいう大量のゴミ(失礼)にイライラして、「お願い、今は自重して」と念じながら、ようやく現地の様子を写真付きで報告しているのにたどり着きました。とりあえず、キャストが懸命にケアしてくれているのがわかって女性に伝えると、彼女は丸一日かけて娘さんを車で迎えにいきました。

現場で働いている人は東北出身の人が多いので、しばらくカオス状態になりました。気の毒過ぎて詳細は言えません。

こういう事態の時、真っ先に知りたいのは、家族や親戚の安否だってことを身をもって知りました。そう言えば、スマホの普及が進んだり、LINEなどの連絡ツールが開発されたのはこの震災がきっかけだったと記憶しています。

それからは、仕事場では東北に工場のある建築資材がストップして大騒ぎになったり、節電に悩まされたり、近隣からの怒鳴り込みが酷かったり。家では、余震のたびにひどい揺れと軋み音がする古いマンションに怯え、かと言って外出してもゴーストタウンのようになった横浜の街が返って侘しく。

私たちですらこの有り様なのだから、被災地ではいかばかりか、と。私としては過去最高額の募金をしながらも、「こんなの、気休めにしかならないんだろうな」と虚しい気持ちに苛まれたりしました。街角インタビューで「楽しい事をする気になれない」と言った人がいましたが、同感でした。

こんな非日常の日々がどれくらい続いたでしょうか。淡々と過ごしていたつもりなのに健康も危うくなり、次の仕事も危うくなりました。そこから10年も続けて来られたのは、運と縁のおかげです。ありがたい事です。

縁と言えば、2人とも、それまで東北方面にほとんど行ったことがなかったのですが、以前書いた花屋「カタル葉」さんと知り合って、娘がダンスを通してイベント等に関わるようになり、福島在住の知人がこの10年で一気に増えました。何度も東北に足を運ぶようになったのも、それがきっかけです。

出かけていくと、災害の爪痕があちこちにあるのが目に飛び込んできて、思うことが増えていきました。福島県白河小峰城は、2017年夏に行った時には震災で崩れた石垣や本丸は立ち入り禁止でしたが、翌年2018年夏に再訪した時には修復が完了し、晴れて見学できました。あの感動は言葉では言い尽くせません。大切な物を維持していくっていうのは。

それからは、地震で損傷した熊本城に募金しつつ「待っててよ、近い内に行くから」と心に誓ったりもしました。昨年の夏に行けるはずだったのに‥。いや、言うまい言うまい。きっと、近い内に。

逆に、2019年2月に行った沖縄の首里城が焼失したニュースにショックを受けました。体調不良以外で早退したのは、マイケル•ジャクソンが亡くなった時以来です。精神不良、です。

出かけていくと、その場所の空気が少しずつ自分の一部になっていく心持ちがします。その土地の名前が、ただの記号ではなく何か慕わしい人の名前のように感じます。そこに住んでいる人たちも数字ではなくなっていきます。

人類は、最後の氷河期に追い詰められて、想像力をはじめとする高度な脳の機能を獲得した、と言います。災害は•••こんな悲しいことはありません。絶対に何かを獲得して次世代に繋いでやる、そう思いながら。

 

今日はここまで。

では