エッセイ>差別のこと

その時々でネットで話題になっている事について、知識も興味もないのに書くことは、極力しないようにしているのですが、差別について、少し思い出したことがあるので書きます。

少し長くなります。

「思い出した事」と言うのは、大学の研究室にいた頃のこと。大学の建築学科を卒業後、デザイン専攻の研究室に研究生として所属していました。そこの教授が、東北のあるモニュメント制作を行いました。かなり大金が動く大掛かりな物だった事もあって、研究員は制作に総出でかかり、完成した時には主催者が現地で打ち上げパーティーを開いてくれました。

問題はそこで勃発。広い座敷に芸者さんが大勢通されて、賑やかに終わったパーティの翌日、私たち若手が全員呼ばれて、鬼の形相で並んでいる教授・講師陣の前に正座させられました。なんでも、教授が二次会で芸者さん数人と飲み会をしたところ、「先生はひどい人ね!」と涙ながらに絡まれたんだとか。今まで芸者遊びでは良い思いしかした事のないボンボンの教授は、「きっと若い奴らが何かしでかしたに違いない」と、招集をかけた次第。

「彼女たちだって、必死に生きてるんだ! 田舎芸者だからって、馬鹿にするとは何事だ!」と怒鳴ること数時間。いやいやいや、芸者さんたちの怒りのポイントは、主催者に「大学の先生の接待」とだけ聞かされて、その先生たちが奥さん子供連れで来ているのを知らされなかったことだと思うのですが。襖が開いた瞬間のこわばった顔を見ませんでしたか?

それから、東大学者一家の生まれで、高級住宅街で生まれ育った教授とは違い、若手がそもそも全員「田舎者」ですから。私なんて、肉眼で芸者さんを見たのはこれが初めてでした。芸者さんに、教授が認識するような「ランク」があることなんて、もとより知る者はなく、「馬鹿にする」根拠も持ち合わせていません。みんな、慣れない場にとまどいつつ、楽しむ振りをして、粗相のないよう気を張っていたのを覚えています。それでも全員有罪となり、研究室への出入りを制限されたり等の厳しい処分が下されました。

結局、その芸者さんたちを「田舎芸者」だと馬鹿にしているのは、教授ただひとり、ということです。自分の差別性を弱い立場の者になすりつけるのはいただけませんな。でも、こんな事に気づく人間は、他にはいなかったのか、いても黙っていたのか。全体含めて、まあまあブラックな研究室でした。

後になって気がついたことは、大規模制作に無料で使っていた若い労働力が不要になったので、炙り出すための言いがかりだった、ということです。だとしても、稚拙な設定ではありました。そんな私を拾ってくれたメーカーの社長への感謝が膨らみます。

私が辞めた後、6年ほどして突然教授が大学を辞めました。どうも、ハラスメント事件を起こして追放されたようですが、誰もが口をつぐんで正確な情報が取れませんでした。今は鬼籍に入られているし、関係者の誰とも連絡を取り合っていないので、もう闇の中です。ご自分の掘った落とし穴に落ちられたのだなあ、と推測しています。

あの日から、誰かの差別性に怒りを感じるたび、自分の中の差別性をもチェックする習慣がつきました。特に、そこに力関係の上下がある場合には、念入りなチェックが必要だと思っています。とりあえず、自分が明らかに差別された時には抗議するし、差別的だと自分が指摘されて納得すれば素直に改めもしますが、それ以外は当事者の言い分にひたすら耳を傾けようと思います。

前にも書いたことですが、人権に関しては、人類は前進あるのみだと思います。その為にこそ問題のあぶり出しは、綿々と続けるべきだと思うのです。