『スキャナー・ダークリー』

今日、渋谷のシネセゾンで見てきた。
ディックのSFは、好みが人によって分かれるそうだが、ディック晩年の『聖なる侵入』『ヴァリス』から入ってカルチャーショックを受けた私には、どれもこれも、手にしっくりなじんだ器のように親しみをおぼえる世界観だったりする。認識がまだ定まらなかった子供の頃、不思議な体験をしたことのひとつやふたつ、人間誰でもあるものだと思っていたのだけど、どうもそんな子供時代を髣髴とさせる、ディックの『世界が変になっていく』みたいな物語がまったく受け付けない、という人もいるらしい。
まあ、足元がぐらぐらするのが気持ち悪いのはわからないでもない。映画が終わったら、私も何だか薬をやったような気分になって、怖かった。実写に色をかぶせた新しい手法が、どこからが現実で、どこからが幻想なのか、境目を曖昧にするのに大いに効果を発揮して、その余韻のしっぽが異常に長かった。もちろん薬体験、ないけど。

今までのディック物の中では、『ペイチェック』が一番。ずっと下がって『ブレードランナー』あたりが来ると思っていた。現実と仮想が入れ替わったり、境がなくなったり、というディック的悪夢の世界の描写において。この『スキャナー・ダークリー』は、一番と二番目の間くらいに入るだろうか。麻薬によって脳が侵されて、虫が体を這う幻覚に苛まれたり、自転車のギアが……本人たちは真剣で真面目なんだけど、その「狂い」が見ていて怖い、という描写で、これ以上のものを思い出せない。捜査官が自分を監視する、という立場に立つことで話が進んでいくので、それを「他人事」と安心して見ていられない悪魔のような仕掛けが、この物語にはある。自分は狂っているのではないか、そう疑うのは怖い。

そんな悪夢を体験してみたい、という方にはお勧めの映画である。