『大停電の夜に』

さてさて、これは例によって『岡田くんゆかり』の映画鑑賞である。
『東京タワー』の源孝志監督のオリジナルストーリー。しかも、クリスマスイブの夜に東京が停電してしまう、という素晴らしい設定。『東京タワー』で見た、美しい夜の東京を、さらにたっぷり見せてもらえる、と、わくわくしながら行った。
もう、映像の美しさには、言葉もない。
それから、お話も、このキャストからしていって、素晴らしくならないわけがなかった。
磨き込まれた台詞の数々。『東京タワー』の時にも何度か出てきた台詞の中の『ダブルミーニング』、さらに洗練されていたように思う。キャンドル・ショップの女の子……普通だったらくさくなってしまう可愛い台詞が、少しもおかしくない希有な人だ……が、燃え残りのロウを集めて作った手作りろうそくが、思いがけない味わいのあるものに仕上がる、という話をしている時、不倫の恋にピリオドを打ったばかりの女性は、それを『自分の話』として聞きながら、再出発の気力を貯えているんだろうなあ、とか。
惚れた女性が、別の人と結婚して二人めの子供を産むところに立ち会う、やくざな男性。「旦那はどんなやつ?」「日だまりみたいな人。私も○○(上の子の名)も大事にしてくれるの」……これで、こっちには、上の子はその男性の子供なんだな、とわかる。一人で赤ん坊を抱えたこの女性を、ご主人がどう支えてきたかも。けど、その人は鈍いから……いろんな場面でこの人は鈍い……ずっと後になってわかる。
停電になった後、ろうそくを買って家に帰ったサラリーマン。最近気まずくなっていた奥さんが、ろうそくの光の中で優しく微笑んで「シャンパンでも?」と言う顔がきれいで、つい言葉をなくして見とれてしまう……。
生まれたばかりの子供と生き別れになった、年老いた母親。その子供が大人になって会いに来る。彼は、妻に持たされた自分のアルバムを、母親に渡す前に、そっと愛しそうに触る。それを一枚一枚丁寧にめくっていく母。アルバムの中で、小さい赤ん坊が、すくすくと成長していく。長い間の二人の空白が、それによって埋まる。ひとつも台詞のないシーンなのに。その間に流れる二人の気持ちが、蝋燭の淡い光の中で、はっきりと「見える」。
こんな、言葉だけでは説明しきれないような、いろんな気持ちが伝わってくるような、味わいのあるシーンの連続だった。特に、バーでの会話のピンポンが好きだ。何度吹き出したことか。
「奇跡は起こる」というキャッチコピーだけど、具体的な奇跡はなにひとつ起こらない。それぞれの身の上には特に変化は起こらないのである。しかし、たぶん停電の前と後では、それぞれの「気持ち」には確実に変化があるのだろうなあ、と思わせる、余韻のあるエンディングだった。言葉と表情に敏感なタイプの観客には、かなり楽しめる映画だと思う。