『和食は世界に通じる文化ですか?』 05/10/23 服部幸應さん

10/23
服部幸應さん

またちょっとレビューをさぼっていた。V6のコンサートと握手会と、映画があったからだけど、それらも無事済んだので、再開する。
今回はテーマが『食』ということで、実はかなり重いこのテーマだと思っている。
若い頃、にんじんだけで一週間ほど食い繋いだことがあるのだけど、生まれてはじめて味わうような飢餓感をおぼえつつ、「にんじんだけは受け付けない」という体験をして、「人間のからだって、バランスなんだなあ」と感心したことがある。
それから、30近くなって子供が欲しくなった時に、なかなかできにくい身体だということがわかって、玄米食をしばらくしたことがある。悪い食の影響で身体が冷えているのを正さないと、なんてことが、ものの本に書いてあったからだ。結果は上々。
あと、子供がうまれて、その子がアトピーだということがわかって、身体作りのことを真剣に考えるようになって、食べ物についてはとことん勉強した。おりしも自然食ブームだったので、情報はたくさん手に入れることができて、ありがたかった。
しかし、よく考えてみれば、毎日の食について、「勉強」してから、というのは何とも心細い。

私の親たちは当然戦争世代なので、十分なカロリーを子供にとらせることがまずはメインテーマだった。昔ながらの田舎風の献立は、多少の弱点はあるものの、栄養のバランスのとれた優れたものだったと思う。そういう日常の文化の継承という点では、日本の家庭の機能はかなり高いものだと思う。みんな、理屈がわからない状態で、バランス良く作る「知恵」は持っていたということになる。その国にずっと引き継がれてきた料理や食文化は、そうした知恵が形をとって現われたもの、と言えるかも知れない。
その意味で和食は、健康と長寿の食文化として世界から注目されている、というお話、日本人として誇らしい限りだ。私の中学生くらいの頃は、訪日した有名外国人が、魚を生で食べるなんて信じられない、なんて発言していたのを聞いたことがある。「ロウ・フィッシュ」という単語をその時に知った。日本人の中ですら存在するその偏見を打ち砕いたのが『美味んぼ』などの食をテーマにしたコミックと、それを支えたバブル経済の豊かさだったろうか。それが今では、世界中に寿司店がある、という人気だとか。しかし、食品管理の点から正しく伝えられていないという点に、やはり危機感を感じる。今回のお話を聞くまでは、思いもしなかったことだった。
食ひとつ取り上げたところに見えてくるのは、やっぱり日本人の繊細さだし、その背景にある感受性の強さだと思う。建築に携わるものとしても、それは強く感じる。とても誇りに思う。しかし、それは空気のようなもので、普段あまりに当たり前過ぎて、見えて来ないものだった。今回のお話、そんな「目からウロコ」感のある、いいお話だった。