『あなたに言われたくない』という言葉を発明した人

ちょっと前のことになるけれど、日曜日デパートの文房具売り場で、ノートを数冊選んでレジに並んでいたところ、インテリ自由業という感じの50代くらいの夫婦が、レジのお姉さんの対応が悪いとごねだしたのだった。そりゃ、ミスもあったかも知れないけど、日曜日で混雑してるし、ミスくらいはするでしょう、人間だもの(笑)。でも、ただでさえ小さくなっているお姉さんに「~したまえ」風な言葉でいつまでもしつこくなじるし、待ってるこっちもいらいらするし、かと言って注意する度胸もなし、というので、思いきり肩をすくめるボディ・ランゲージしてしまった。すると、「態度が悪い」だって。「日本態度が悪い人選手権」の優勝候補にそう言っていただけると、ある意味光栄だ。
『あなたに言われたくない』という常套句を発明した人を、私は天才だと思っている。言葉には、それを言う資格が、漠然とではあるけれど、あるんだ、というのをスマートに表した言葉だと思うから。だけど、その「資格」を誰が判断するかという問題もある。
ずいぶん前、研究室で雑談してた時に遊びで「異性に言われて一番ショックだったこと」を告白し合ったことがあった。その時、私の尊敬していた先輩が「あなたって、包容力がないのね」が一番ショックだったと言った。「ええーーー? Mさんがですかぁ?」と私は思いきりびっくりした。だって、その人は、私が出会った人間の中でも、包容力において五本の指に入る、「ミスター・包容力」だったからだ。すると、この人はもともとは抱擁力がない人だったのを、そのショックから一念発起して「絶対につけてやるぞホーヨーリョク」と努力した挙げ句、日本包容力ランカーになったのだろうか。そんなわけはない。私としては、こんなシチュエーションを想像してみた。包容力があって面倒見のいいMさんにいつも甘えている女性がいて、ある時も甘えようとしたところ、ちょっと事情があって受け止められなかった。それに傷ついた彼女の、この暴言となった……こんなところではなかろうか。問題は、言われた本人がそれを真に受けてしまったことだ。それからいろいろ経験を積んで、最近はこんな風に感じている。自分に関係することで、事実と真逆のことを言われると、案外人間というのは、笑って聞き流すどころか、ショックを受けてしまうものらしい。
傍から聞いていると、「へーえ、あなたがこの人に、それを言っちゃうんだ、ふーん」なんて言いたくなることは案外普通にあるものだ。こういう時こそ、言われている人がずばり、「あなたに言われたくない」とはねつけてもいいと思うのだが、残念ながらそれを目撃したことはまだ一度もない。