シナリオ 課題『旅』

前回と前々回は、「コンクールに出せないもの」と「思いがけず評価が低かったもの」をオープンにしてみたけれど、今回は、そこそこの評価をいただけたものをアップしたいと思う。個人的には、幸せにしたい人間がいるので、魔法使いになりたいと思っている。だから、目下、魔法使いのような主人公、あるいは主人公をがっちりサポートする魔法使い、という登場人物にとても興味がある。その「魔法使い」のパターンのひとつとして書いたもので、割とうまくお話が進んだもの。

20枚シナリオという課題なので、全部200文字一枚の「ぺら」で20枚、の中に収まっている。映像にすると、だいたい10分くらいの長さになる。つまり、一時間もののドラマであれば、120枚前後必要だということになる。
さて、50課題書いた中で、「そこそこ」のものを、もっと膨らませて、長編にしてコンクールに応募する、という卒業生がほとんどだと思う。続けて書いていく人で数ヶ月、遅い人で数年で代表作を書いて、コンクールに入選していく、というお話を聞いた。もちろん、書き続ければ、の話だろう。というわけで、コンクールに出すのを次の目標にすることに決めた。私の場合は、書きたい事柄がかなりはっきりとあるので、それをどうやって効果的に、かつ面白く書くかだ。
そんな「そこそこ」のものを、シナリオとして膨らませずにオープンにしてしまうのは、ちょっともったいないかも知れないけど、自分が面白いと思うものと、人が面白いと思うものがどう違うのか、その当たりもどうしても知りたいと思うので、こうやってオープンにしてみる、というわけなんである。
『旅の魔法』 
 
    人  物
 川田美智子 派遣社員
 島本やよい 古参OL
 鈴木亜里沙 新米OL
 高木義男 社員
 新田順治 社員
 旅館の仲居
 女子社員A
 執事(声)
 
○温泉地(夕)
   穏やかな温泉地の風景。

○温泉旅館・玄関(夕)
   カジュアルウェアの、大人男女二〇人位の団体が到着する。仲居が出迎える。
仲居「いらっしゃいませ。三ツ和商事さまですね。お待ちしていました」
   団体の中に、垢抜けない服装に眼鏡の川田美智子、若造りの島本やよい 、センスよく装った
   鈴木亜里沙 、高木義男 、新田順治 がいる。

○同・宴会場(夜)
   浴衣の一行、お膳の前にそれぞれ並んで座っている。新田が、ステージのマイクの前に立ってい    る。
新田「宴も盛り上がって参りました。ここからは皆様、無礼講ということで、席を移動してのご歓談
 をお楽しみください」
   新田、席に着く。亜里沙が徳利を持ってそばに来る。
亜里沙「幹事、お疲れ様です」
   亜里沙、新田に酒を注ぐ。
新田「美女のお酌とは、役得だね」
亜里沙「新田さんたら、もう酔っ払っちゃったんですか?」
   亜里沙と新田、共に笑う。
   それを向かい側の席で、高木と美智子が並んで見ている。
高木「鈴木さんて、新田にばかり妙に愛想がいいですよね」
美智子「それ、セクハラになりますよ」
高木「事実を言ったまでじゃないですか」
美智子「じゃあ、高木さんが時々、高田の馬場で途中下車してどこに寄っているか語っても、
 事実なら一向に構わないと」
高木「あっ、それは。勘弁してください」
美智子「ほら。自分がされて嫌なことは、人にもしないでおきましょうよ」
高木「はあ。あれっ? でも、なんでそれ知ってんすか?」
美智子「好きな子に気持ちを伝える時はね、まっすぐぶつかれ、ですよ」
高木「はい……えっ?」

○同・カラオケ室(夜)
   浴衣姿の女子社員ばかり、歌っている。
やよい「男子社員は、みんな外に遊びに出たみたいだけど」
美智子「奥さんに内緒で羽根伸ばしたい方もずいぶんいるみたいですね」
やよい「川田さんは、派遣の主婦だから、そのあたりには詳しそうね」
   美智子、微笑む。
やよい「何もわざわざ社員旅行を利用しなくても、会社でいろいろやってるくせにね」
   やよい、じろりと亜里沙を見る。
亜里沙「ごめんなさい、私、ちょっと悪酔いしちゃったみたいで。お先に失礼します」
   亜里沙、部屋を出て行く。
女子社員A「なにあれ、お高くとまって」
   一同、一斉に亜里沙の陰口を言う。
美智子「私、こういう時、自分は何て言われてるんだろう、ってつい考えちゃうわ」
   女子社員たち、一斉に黙る。
美智子「島本さんは、どう言われてるか気になったりしたこと、ありません?」
やよい、不機嫌な顔になる。他の女子社員たち、びくびくする。
美智子「大丈夫、島本さんのいないところで悪く言う人、一人もいません。本当に」
   女子社員たち、ほっとした顔をする。
美智子「会社と無関係のご家族やお友達にはどうか知りませんよ」
   美智子、女子社員たちを見渡す。みんなどぎまぎして目をそらす。
美智子「誰かに密告されたら、それこそ島本さんに何されるかわかりませんもの」
   美智子、立って、部屋を出て行きかけ、振り返って、女子社員Aを指差す。
美智子「次に口を開くのはあなた。その言葉は『なにあれ?』だと思うわ」
   美智子、軽く頭を下げ、出て行く。
女子社員A「なにあ……」
   女子社員A、口を押える。一同、顔を見合わせる。
   やよい、苛立ちドアを睨む。

○同・廊下(夜)
   窓からぼんやり庭を眺める亜里沙。美智子がやってくる。
美智子「私も抜けてきちゃった」
亜里沙「お局様ににらまれたら、居づらくなりますよ、私みたいに」
美智子「そう? 鈴木さんは、会社のセレブとお付き合いがあるから、怖いものなしだって噂だけど」
亜里沙「やだそんな噂、川田さんにまで?」
美智子「……」
亜里沙「噂されるほど、いい思いなんてしてないのに。彼、公私混同する人じゃないし、私も援助交
 際みたいなのは嫌だから」
美智子「でも、心強いでしょ」
亜里沙「前はそうだったけど、もう疲れちゃった。さっきみたいな嫌な事ばっかりで」
美智子「ああ、あれ。みんなただあなたが妬ましいだけなのよ。シンデレラは女性の夢ですもの」
亜里沙「シンデレラは不倫じゃないし」
美智子「そうね……男の人なんておかしなものでね。ひとかどの人が、四十五十になると、妙にあが
 いたりするもんなのよ。若い女性に執着してみたり」
亜里沙「あっ、違うんです。彼、生まれて初めて本気で恋してる、これは生まれて始めての純愛なん
 だって……」
美智子「本物の純愛をしている人が、いちいち『純愛』って、口にすると思う?」
亜里沙「しない、かも」
   亜里沙、涙をこぼす。美智子、亜里沙の肩にそっと手を置く。亜里沙、美智子にもたれて泣き
   出す。美智子、亜里沙を抱き締めて背中をなでる。
美智子「本物の王子様、きっといるわ」
亜里沙「わ、私なんか」
美智子「あなたはきれいだし、いい子なんだから。自信もって」
亜里沙「(しゃくりあげながら)どうして、こんなに親身になってくれるの?」
美智子「旅の魔法、かしら」

○同・ロビー(夜)
   高木が一人、ソファで煙草を吸っている。美智子がやってくる。
美智子「みんなと外に遊びに行かなかったんですか?」
高木「ええ、何となく気が乗らなくて」
美智子「そうね、高木さんは獅子座だから」
高木「なんですか?」
美智子「今日は、今年最高ってくらい獅子座の恋愛運が高まる日ですもの。男性同士で遊びにいくな
 んて、もったいないわ」
高木「やだなあ、俺、星占いなんて」
美智子「信じません? 好きな方、いらっしゃらないの?」
   美智子、優しく高木を見詰める。
   高木、どぎまぎする。

○同・廊下(夜)
   高木が歩いている。ふと庭を見る。
   浴衣の亜里沙が庭石に裸足で立って、星を眺めている。
   高木、それにみとれ、決心したように庭に出る。
   ふりむく亜里沙。目が合う二人。

○同・庭(朝)
   さわやかな朝露の草木。小鳥の声。

○同・廊下(朝)
   庭に向かって開いた窓にもたれて、寄り添って談笑している亜里沙と高木。
   それを遠くから見て、微笑む美智子。

○ビジネス街(朝)
   スーツ姿の人が行き交う通勤風景。

○三ツ和商事・オフィス・中(朝)
   近代的なオフィス。人だかりがしている。高木と亜里沙がやってくる。
高木「何かあったのか?」
新田「川田さん、やめちゃったんだ」
高木「えっ、なんで?」
新田「さあ。事情説明はなかったらしい」
やよい「やっぱりね。しょせん派遣なんて、いかに責任感のない人が多いかってことよ」
   高木、亜里沙、他数人が、一斉にやよいをにらむ。やよい、たじろぐ。
亜里沙「川田さん、さよならも言わずに行っちゃうなんて。お礼が言いたかったのに」
   社員たち、しゅんとする。

○同・外
   高層のオフィスビル。
   それを見あげるファッショナブルな女性。サングラスをかけている。それをはずすと、
   見違えるように美しく垢抜けた美智子。美智子、歩き出す。携帯が鳴る。美智子、
   電話に出る。
美智子「はい」
執事の声「奥様、今どちらでしょうか」
美智子「会社のそばよ。もう帰ります」
執事の声「車でお迎えに参ります」
美智子「いいわ、ぶらぶら歩きたいから。途中でタクシーを呼びます」
執事の声「かしこまりました。それから、あのう……」
美智子「心配しないで。旦那様の浮気相手ともう会ったりしませんから」
   美智子、電話を切る。サングラスをして、微笑を浮かべ、ゆっくりと街を歩いていく。
         (終)