ちょっとコーヒーブレイク、ネット動画

ずっと書くのをサボっていたから、リハビリのつもりで書いていても、なかなかスピードが戻ってこない。DVDを見るスピードが、書くスピードより速いという、ちょっと追い込まれ気味の状態だ。まあ、その内追いつくだろう。次のを書く前に、ちょっとコーヒーブレイク。

最近、ネット動画をずいぶん見るようになった。娘がいろいろ情報をキャッチして教えてくれるので、実にありがたい。個人的には、これを見て購入に踏み切ったDVDもいくつもあって、広告としてもなかなか有効なメディアではないかと思っている。そのネット動画と言えば、最近『情熱大陸』の小栗旬さんの回を見てみた。娘が言うには藤原さんの舞台もいいけど、小栗さんの『カリギュラ』も素晴らしいそうで、それを聞いて好奇心がわいたのだった。見て、ひとつ重大なことに気がついてしまった。役者、特に舞台役者って、台本にある台詞を、少なくとも自分の分はすべて正確に暗記しないといけないんだ! その上で、自然にその場で言葉を口にしているように見せなきゃいけないんだ! 「当たり前でしょ?」と言われるかも知れないけど、世にある当たり前のことをすべてリアルに理解していたら、頭がパンクする。つまりは、役者という仕事の本質が見えない状態で、今まで見て、楽しんで、挙句に感動したりしていたわけなのか、私は。まあ、コンピューターの仕組みも知らないで、27年も便利に使い倒して、これでご飯まで食べているくらいだから、別におかしくない。だけど、それがどんなに軽やかに見えたとしても、そこには私の想像を超えた努力があるんだということは、これからは意識の根っこに置くことになるだろう。

台詞を入れることについて、伝説を持っている人はたくさんいるらしい。『バトル・ロワイヤルⅡ』の時に、現場で急遽、国の名前をずらずらと言う4分間の台詞が追加されて、藤原さんはそれをわずか10分で完璧に入れた上、細かいニュアンスまで表現してのけた、とスタッフが証言している。これが「役者脳」というものだとしても、スタッフも舌を巻く驚異の早さ、ということだ。確かに、想像を絶している。こういう話は、英雄伝説めいて、聞いていてわくわくする。誰か、藤原さんが台詞を入れているときと、それを実際に演じているときの脳をスキャンする研究しないだろうか。公共の福祉にとって価値の高い研究結果が得られると思う。賭けてもいい。明け方に急に台詞が入るようになる、という藤原さんの証言にも、何か脳のメカニズムの秘密を感じる。
聞けば、藤原さんについては、最初のオーディションの時からずっと伝説が続いて今に至っている。駄目出しをすると一度で改善される、という人を初めて見た、とか。アクションの振りを一度見ただけでその通りに出来たとか。本格的ダンス暦5年の娘が言うには、『大正四谷怪談』での藤原さんのダンスは、どう見てもダンスをやったことのある人の動きに見えるのだけど、ダンスを習っていたという経歴がどこにもないので不思議だ、とか。やっていないのならすごいセンスだ、とか。エトセトラ。何だか、藤原さんの能力の本質が、だんだんと見えてくるような逸話の数々ではないか。これだけ積み重なっていれば、一番最初の時からのファンの方たちの敬愛の気持ちの大きさも、当然と言えば当然だ。

さて、そうやって入れた台詞を、どうやって自然に口にするようにしていくか。藤原さんの23歳の『近代能楽集』の時のドキュメンタリーを夕べ動画で見た。舞台の演出というのは、何だか息が詰まるような緊張感が漂うもののようだ。こんなに細かくやっていくものなのか。役者も大変だけど、演出家の精神力というのも凄まじいものだ。

それにしても、藤原さんが、稽古中に何か堪えているように見える時の顔って……演じている時を含めて、今まで見た中で、一番美しいと思った。傷ついた顔が悪相、という人はとても多い。だから、これを見ただけでも、この人は何か特別なんだとわかる。

私は、人間のいかなる力も、生まれながらの力も含めて、それが社会化される限り、平等に価値を認めるべきだと思っている。特に、天才と呼ばれるほどの人のそれは、人類が進化のどん詰まりではないことを示す、希望の灯火だと信じて疑わない。日本は特に、横並び思想が強くて、飛び抜けた人が生き辛いところがあるように思う。だけど、こんな人が、他でもない、この日本で生まれた、ということは誇りだと思う。マスコミの方々にお願いしたいことは、プライバシーを侵害して、モチベーションを下げるようなことはぜひとも慎んで欲しい、ということ。……結局、それが一番言いたいことだったりする。

……BAIRAの「洋服屋」というのは、「タイガー&ドラゴン」の落語の天才、竜二からの連想だろうか、と、ふと思ってしまった。ちょっと複雑な気分だ。