もし私が更紗だったら

昨日は遂に土曜出勤になってしまったので、今日は自分ご褒美に映画のハシゴをこれからしてきます。「鋼の錬金術師」と「流浪の月」。どちらを先にするか悩んだ末、「鋼〜」を先にして、「流浪」でしっとり今日を締めくくる事にしました。

さてさて、今日で3回目の「流浪の月」となりますが、今度はどんなテーマで鑑賞しましょうか。個人的には、この物語のそこかしこに描かれている「母親とは」について、じっくり集中して見ようと思います。

さてその前に、例によって脳内上映会を繰り返している内に、例によって「わたしだったらここはこうする」というポイントをいくつも見つけたので、今日はそこを書きます。

例えば、「DCU」最終話。司令室に爆弾と一緒に閉じ込められた瀬能くんに「まずは、爆弾を金庫に入れてロックしよ。ね?」と語りかけたりとか、危機的な状況のシーンではつい突っ込みをたくさん入れてしまいます。

「流浪の月」でも、運命に翻弄されている主人公、特に更紗には「こっちの方法があるよ」と言いたいこと、たくさんありました。

私が10歳の更紗だったら、まず、最初に従兄弟が部屋に侵入した直後、ドアに鍵をかけて眠る方針にします。内開きだったら簡単。ベッドとか机とかの重い物をドア前に移動させればいいだけです。毎日大変? 触られる事に比べたら、何ほどのことでしょう。引き戸だったらつっかえ棒。そこらでいくらでも調達できます。問題は外開きです。金具をドアの一番下辺りにビス留めして、金属棒でかんぬき留にするのが最も安価で簡単でしょうか。

子供だから無理?そんな知恵はない?追い詰められれば、10歳の子でもここまではできます。

大人の更紗。まず改名します。「家内さん」は超レア姓で、日本に150人ほどしかいません。その上「更紗」というレア名の組み合わせを持つ人は、この世にたったひとりでしょう。ネットで検索すれば、過去に何があったか、すべて明らかになってしまって、生活に支障があります。当然、家裁に改名を申し立てて許可される要件を満たしています。親が名づけてくれた名を変えないで、姓を変えることは可能かどうか、まずは専門家に相談します。

同棲相手にDV被害にあった時。まず、交番ですね。携帯は持ち出せなかったみたいだから、カメラを借りて、暴力にあった身体の証拠写真を撮りまくります。次に、交番から病院へ連れて行ってもらって、治療のついでに診断書を書いてもらいます。その後どうするかは、それからゆっくり決めればいいこと。亮くんと別れるなら、それが法的な武器になるはずです。DVする人は、暴力をふるったことを反省しません。だから許すと繰り返します。ここはきちんと終わらせましょう。

次、報道対策。あることないこと書いて名誉を毀損する週刊誌には、償っていただかないといけませんね。「ロリコン」やら「洗脳」の部分は、報道関係の憶測ですから。この手の被害に対処するテクニックをネットで調べて、しかるべき組織に接触して、知恵を伝授してもらいます。これら報道が捏造だという証拠はあります。

文が捕まったとき、警察は当然、文や更紗の身体検査も、文のアパートの家宅捜索もしたはずだから、小児への強制性交の物証はなく、大学へ通っている間に更紗を閉じ込めていた物証もないのは理解しているはずです。もともと、湖で2人で遊んでいるところを見つかったのだから、お察しでしょう。文の罪状は、女児の誘拐。監禁と性犯罪が加わったら、少年院では済んでいなかったのでは? これは、文が世間が思うような罪を犯していない証拠だと、私は思います。

 

子供の誘拐の場合、加害目的でも営利目的でもなく「可愛くて、連れて来てしまった」というケースは過去いくつもあります。乳幼児などの場合、見つかった時にしっかりケアされ大切にされていたことも多く、連れ去られた親にはたまったものではありませんが、連れ去った者の心は哀れだと思います。

また、家で虐待されていた子供を救う為、誘拐する、というモチーフの物語は幾つもあります。日本の児童福祉には不十分なところもありますから、リアリティは感じます。パソコン通信時代、ネットで知り合った女性を、DV夫から救い出して匿った大学生を思い出します。

つまりは「流浪の月」は、社会のクレバスに落ちてしまった2人の、孤独と魂の救済の物語なのだと思います。

原作では、猥褻行為があったと決めつけるネット論に「本当にそうでしょうか?」と問う匿名の書き込みがあったと描かれています。谷さんが書いてくれたのでは?と更紗は想像します。ひとつ見落としていました。更紗自身がそれと同じようにネットで誹謗中傷に抗議、反論する方法があります。私だったら間違いなくこれをやります。と言うか、やりました。

まあ、更紗は「売られた喧嘩はもれなく買う」や「やられたらやり返す」とは異なる感性で生きている、基本戦わない人なのでしょう。そんな人にも、どうか幸せな人生を。それを可能にする新しい仕組みを。世論を。

 

つれづれに思いつくまま書きました。

では、行ってきます。