物語考>仕事と結婚について 「#着飾る恋」

着飾る恋を見ている主たる理由は、仕事のヒントをもらうこと、という切り口でひとつ。

真柴さんが鎧を脱いでいくのがテーマだということなので、ネイルとヒールの靴をオフしたところで「あと何があるかな」と思っていました。ネイルもヒールも、賢く着脱するようになったのですね、単に捨てたのではなく。ほっとしました。今回は、オフ時間まで全部乗っ取られている仕事を完全オフにする回でした。いい仕事をする為にこそ、いいオフタイムを持つのは、体験的にも大賛成です。

ただ、たくさんフラグが立っている気がするんですが、真柴さんはリストラ対象なんですね、おそらく。本人の優秀さとは関係なく、葉山チルドレンだからです。雄ライオンが群れを乗っ取った直後に、先代の子をすべて殺してしまうのと同様の心理かと思います。あの、周囲が何かを隠しながら物を言ってくる気持ち悪さ、本当に嫌。後輩くん2人だけが清涼剤です。(paraviの「#着飾らない恋」もきゅんきゅんしますねー)その後輩くんたちが戦力として育った時が肩たたきのタイミングかと勘ぐってます。でも大丈夫。その頃には、シェアメイトのお陰で新生真柴さんになってるから大丈夫です。

そもそも論ですが、真柴さんに相応しい場所はそこなんでしょうか。日本初の法に則った株式会社は、1873年渋沢栄一の「第一国立銀行」です。そこからたった148年しか経ってません。それが、雇用されている人が戦後日本就労人口の半数以下だったのが、今日85%までになりました。今では働く即雇用される、と国民全員が洗脳されてる気がします。

去年今年は転換期でもあり、これが加速度をつけて変わっていくと思います。会社が労働者を必ずしも守らないのも分かってしまいましたから。男性が必ずしも女性を守らないのがはっきりしたせいか、離婚する人も結婚しない人も増えています。外も内も劇的に変わっていく奔流の中に、今いるんだな、と感じ入る日々です。

真柴さんの成し得ることは、真柴さん個人の資質があれば充分で、組織に属していなくても大丈夫。そんな時代が到来したように思うのですが、どんなもんでしょう。

先立って個人事業主をしている駿くんですが、美味しいものを食べさせて喜んでもらいたい相手ができたってのは、料理人の原点に返ったということ。夢で、キッチンカーが急カーブで横転したけど、見事着地したらお客さんの行列が拍手喝采、なんて意味深です。それから、カブトムシやクワガタは経営や金運のシンボルです。それが熊ほど大きいのだから、巨大な利益と格闘する、ということかと。真柴さんが現れて、駿くんの人生も幸せな急カーブをきったわけですね。良き!

 

コミックやドラマ、映画からこうやって色々拾うのは、普段意識しないでやっているのですが、ハマると楽しいものです。私もそれなりに問題を抱えているので、人からヒントをたくさんもらうのはありがたいことです。すべてがドラマ通りにうまくはいかないとしても。

以前、娘に勧められて「凪のお暇」のドラマを見たことがあります。その後、娘の持っていたコミックも全部読ませてもらいました。物語にアラサーの女性特有の葛藤が詰まっているようで、何でも話せる母娘ではありますが、言葉にできない悩みでもあるのかなあ、と勘ぐってしまいました。主人公の凪に自分を置き換えているのでは?と。娘はちょうど会社を辞めて半年、旅行に行ったり、お稽古事したり、気ままに暮らしているように見えましたから。ただ、物語に出てくる「ウィッシュリスト」をやってみて、とても良いねこれ、とは話してくれました。

たぶん一番問題なのは、「#着飾る恋」にも台詞のあった「誰と一緒に生きていくか」の分かれ道に立っている、ということです。年齢的に。元の会社では、年齢性別関係なく心惹かれる人間がいなくて殺伐とした毎日なのに、ダンスコラボのイベントで出会う人たちが、たまらなく個性的かつ魅力的なので、改めて自分を見つめ直したようです。何だか、老朽アパートで隣人たちによって目覚めていく凪、シェアハウスで目覚めていく真柴さんに、そっくり。自分に疑問を持つってことは、要するに、らしくない自分に気づけたわけで、それは会社の空気に合わなかったからなんだと。こんな状態での婚活はうまくいきません。

今、仕事が乗りに乗っていて、逆に「結婚しないかも知れない」と言い出しています。会社勤め中とモラトリアム中に感じた結婚への焦りも消えたそうです。うーん、これはこれで問題あるかもですが、結婚を逃げ場にしなくて良くなったのなら、逆に良い出会いがあるかも知れないし、しないならしないで幸せな人生を送ってくれたらそれで良し、とも思います。

#着飾る恋の次回は、娘と同年代の羽瀬さんのターンですか。羽瀬さんの生き方、カッコいいから好きなんですが、安定の勤め人とは対極にあるので、ハラハラして見てしまいます。ご都合主義でない、良い結末を。

 

今日はここまで

では